巻頭言
D. Ross Camidge(MD, PhD)
米国コロラド州オーロラ市
コロラド大学
胸部腫瘍内科長
Academic Thoracic Oncology Medical Investigators Consortium (ATOMIC) 全国医事担当部長
臨床医の皆様へ
本年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行によって、この世界最大のがん学会への現地参加は阻まれたものの、それぞれの専門領域の進展に対する専門家の強い関心に変化はありません。 去る5月29日金曜日から5月31日日曜日まで3日間にわたってインターネット経由で開催された米国臨床腫瘍学会(ASCO)バーチャル科学会議には、約4万人のがん治療の専門家が参加しました。今回のプログラムでは、5,300近くのアブストラクト公開のほか、2,300を超える演題の口頭発表およびポスター発表があり、オープニングおよびプレナリーセッション、特定のがんに関するハイライトセッション、臨床がんシンポジウムなど、オンデマンド配信とライブ配信で100以上のセッションが開催されました。また、6月4日までにコンテンツの閲覧数は250万回を超えました。世界のオンコロジーコミュニティは難局に際して見事に立ち上がったと言えます。
肺がんの分野では重要な、診療を変える可能性のあるさまざまな結果が発表されました。現在、早期がんの術前または術後のいずれでも免疫療法や標的治療薬による治療戦略が検討されていますが、アプローチとして何が変革的であり、何が変革的ではないかを判断するにはいくつか難題があります。また、さまざまな臨床設定で放射線療法との併用が引き続き検討されています。さらに、肺がん研究の重要な目的のひとつが、まれな発がん性ドライバー遺伝子変異陽性の患者に対する治療です。EGFR 遺伝子エクソン20挿入変異のほか、ALK、MET、HER2、RETをはじめとするさまざまな遺伝子変異に関して大きな進歩がありました。いずれの変異も患者の数パーセントにしかみられないものですが、治療では優れた標的となります。本号の大部分は、MET 遺伝子変異とこの変異を正確に狙って対処するために開発された薬剤に関するものです。MET 遺伝子変異は多様であるため、ここでは分子レベルの理解が重要な役割を果たします。また、EGFR 遺伝子エクソン20挿入変異を標的とすることが可能な薬剤に関する試験結果から、EGFR 遺伝子変異陽性肺がんのなかでも治療が困難なこのサブタイプに対して、希望を見い出すことができます。
今大会で発表された臨床試験や試験の最新情報から、免疫チェックポイント阻害薬の重要性が引き続き確認されるものの、次の難題は、どの免疫療法薬の併用に明らかな効果があるのかと、その各薬剤による効果が最も高いであろう患者または腫瘍の特徴を判断することにあります。当然ながら、本年の胸部がん治療に関連した新型コロナウイルス感染症の流行についても発表がありました。TERAVOLTから得られた結果が、致死的な新型コロナウイルス感染症にかかる危険がある肺がん患者の特定に役立つ一方、データ収集は継続されていますので、今後解析を重ねることによってこの領域の知見が広がることでしょう。全体として、本号ではデータとともに各著者の結論をを掲載しています。各データとその結論をご自身でぜひ検討してみてください。
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まれな遺伝子変異:HER2、RET、ALK、BRAF
トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)は、ヒト化抗HER2モノクローナル抗体をトポイソメラーゼI阻害薬のエクサテカン誘導体に連結させた新規の抗体薬物複合体である。 第II相多施設共同非盲検試験のDESTINY-Lung01試験では、HER2 遺伝子発現(コホート1、n = 42)またはHER2 活性化変異が認められる再発または難治性の進行NSCLC患者(コホート2、n = 42)を対象に、T-DXd 6.4 mg/kgを3週間に1回投与して検証した。
胸部がん患者にみられるCOVID-19:TERAVOLT
国際共同研究であるTERAVOLTは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症した胸部悪性腫瘍患者が入院や死亡のリスクにさらされる要因を確認して、このような患者の臨床経過を明らかにし、生存に影響を与える可能性がある治療戦略を特定するために設立された。 COVID-19と診断された胸部がん患者、すなわちRT-PCR法により感染が確認された症例とCOVID-19が疑われる症例をデータベースに登録しているところである。
抗血管新生療法の現状と今後の展望
経口トリプルアンジオキナーゼ阻害薬のニンテダニブは、化学療法による一次治療後の進行肺腺がんに対するドセタキセルとの併用療法として、欧州連合(EU)をはじめとする国々で承認されている。 ニンテダニブは、血管内皮増殖因子(VEGF)受容体1~3、血小板由来増殖因子(PDGF)受容体α/β、線維芽細胞増殖因子(FGF)受容体1~3、およびRET融合遺伝子を標的とすることによって作用する。
早期がんの転帰を改善するための(術前)術後補助療法による戦略
NSCLC患者の約30%には、診断時に切除可能な病変が認められる 。早期NSCLCの主な治療法は手術である。切除後、II期/IIIA期の肺がん患者および選定されたIB期の患者には、シスプラチンをベースとした補助化学療法が推奨される。 しかし、手術および補助化学療法後の再発・死亡率は依然として高く、IB期では45%、III期では76%となっている。ということは、臨床アウトカムを改善させるための新しい有効な治療薬に依然としてニーズがあることは明らかである。
EGFR遺伝子変異陽性がん:エクソン20挿入陽性の肺がんに対する早期併用療法と新たな治療法
少数転移がんとは、一般に転移病変が1~5個とされている。進行は原発部位で起こることが最も多いため、積極的な局所治療によってさらに転移するのを防ぐことができると推測される。 これを根拠に、中国で実施された第III相非盲検ランダム化比較試験のSINDAS試験では、少数転移があるEGFR 遺伝子変異陽性NSCLC患者を対象に体幹部定位放射線治療(SBRT)とEGFR-TKI治療の同時併用を検討した。
免疫チェックポイント阻害:包括的な利点はあるが、リスクがないわけではない
第III相ランダム化比較試験のCheckMate227試験では、腫瘍のPD-L1発現の有無に関係なく進行NSCLC患者を対象に、一次治療としてニボルマブとイピリムマブの併用(NI)を化学療法と比較したところ、全生存期間(OS)が有意に延長することが示された[1]。ASCO年次総会では、 Ramalingamらが同試験のパート1から得られた有効性と安全性に関する3年間の最新結果を発表した。