巻頭言

Ross A. Soo, MB BS, PhD, FRACP Department of Haematology-Oncology National University Cancer Institute,  Singapore

Ross A. Soo, MB BS, PhD, FRACP

シンガポール

National University Cancer Institute,
血液・腫瘍内科

臨床医の皆様へ

2020年度世界肺癌学会(WCLC)は当初、昨年の8月にシンガポールで開催する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中に蔓延したため今年1月に延期となり、同月28日から31日にかけて何とかバーチャル会議を開催することができました。肺がんをはじめ胸部悪性腫瘍領域の科学者・研究者・患者支援団体が一堂に会する、世界有数の会議であるWCLCは今回も参加者同士を結びつけ、研究や治療法についての最新の知識や知見を互いに分かち合って学ぶ、絶好の場になりました。 

本号では、早期がんから転移がんに至るまで臨床上の関心が集まる幅広い分野についての発表を総括しています。分子標的治療は、アジュバント化学療法を受けたか否かを問わず、再発しやすい傾向がある、早期肺がんと診断された患者の無病生存期間を延長させる効果を現しています。その一方で、がんゲノムプロファイリング検査の結果を基に個別化したアジュバント化学療法が、生存期間に延長効果をもたらすことはありませんでした。進行がんの場合、肺がん患者の約13%に見つかるKRAS p.G12C変異をはじめ、多様な遺伝子変異に治療効果が現れやすくなることもあり、分子標的治療が支持を得るようになってきています。KRASG12C阻害薬の画期的新薬にも納得のいく効果が認められつつあるだけでなく、HER変異への個別化治療からは新しい治療法の可能性が出てきています。また、EGFR遺伝子陽性変異肺がんでは、耐性を獲得した症例を含めた難治症例にも新薬や新規の治療レジメンが抗腫瘍作用を現しています。その他にも、抗体薬物複合体は広範囲に対応する新しいタイプの薬剤を代表するもので、今の時代に期待されている個別化治療にもぴったりと合っています。 

免疫療法薬はさまざまな組織型の肺がんへの中心的な治療法になってきています。複数の薬剤の併用療法の治療成績が思わしくなかったという、重要な解析結果が本学会で発表されましたが、免疫チェックポイント阻害薬によって化学療法を必要としない治療法を確立する道が開いたとも言えます。分子標的治療薬との併用療法によって別の角度から肺がんを治療できるようになり、同薬が免疫療法の効果を増強させる可能性もあります。低線量肺がんCT検診の実施が困難な国はまだまだ数多く存在していますが、それでも肺がんの早期発見にメリットがあることに疑う余地はありません。バイオマーカーによってより的確に高リスク患者を見つけ出せるようになれば、肺がん検診を受けるメリットが増すでしょう。 

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再発悪性中皮腫患者への新しい治療選択肢・ニボルマブ

再発悪性中皮腫患者のOSの改善効果を示した第Ⅲ相ランダム化比較試験は最近まで存在していなかった。第Ⅱ相試験の3試験でニボルマブ単独療法のPD-1阻害作用が認められたことで、ニボルマブが日本で承認を受けた。 CONFIRM試験は、再発中皮腫患者を対象にPD-1阻害薬の有効性と安全性を調べた初の第Ⅲ相プラセボ対照ランダム化比較試験である。

肺がん検診:普段の検診や研究室にとっての課題

低線量CT(LDCT)には効果があり、広く利用するべきだという考えに異を唱える人はいないでしょう。どの国でも費用と認識不足の2つがLDCTの実施の足かせになっていると思います。 LDCTの費用対効果については多くの文献で示されていますし、費用対効果の高さに軍配を上げる文献もあります。肺がん検診に利用していますが、その際に(冠動脈石灰化スコアに基づいて)心疾患や肺気腫といった他の疾患も同時に発見することができます。

免疫療法:併用療法そして発現頻度の多い遺伝子変異に関する最新データ

KEYNOTE-189試験でOSおよびPFSに著しい延長効果をもたらした治療レジメンを、EGFR遺伝子・ALK遺伝子感受性変異を伴わない、Ⅳ期の非扁平上皮NSCLCへのファーストラインの標準治療として行い、評価した。 ペムブロリズマブ+プラチナ製剤+ペメトレキセド併用療法を最大で4コースまで行い、その後にペムブロリズマブ+ペメトレキセド併用療法を最大で31コース受けた群(n=410)を、プラセボ+プラチナ製剤+ペメトレキセド併用療法の実施後にプラセボ+ペメトレキセド併用療法を受けた群(n=206)と比較し評価した。

小細胞肺がんに関する最新知見

小細胞肺がん(SCLC)は転写因子に依存する悪性腫瘍であることがわかっているので、新規治療法はトランス活性化転写因子の阻害薬で構成している。そこで、Rudinらは、主な4種類の転写制御因子の差次的発現ごとにSCLCを4通りのサブタイプに分類した。 発がん性転写因子を選択的に阻害し、がん微小環境を調節することで作用するルルビネクテジンは、第Ⅱ相試験成績に基づいて、プラチナ製剤ベースの化学療法の最中やその後に病勢が進行した転移性SCLC患者への治療薬として、FDAより2020年6月に迅速承認を受けた。

抗体薬物複合体:可能性が広がりゆく時代が始まる

抗体薬物複合体が登場したことでまったく新しい常識が生まれたと思っています。分子標的治療はある特定の遺伝子変異の発現が必須ですし、免疫療法は腫瘍にネオアンチゲンが発現していないと効きません。 腫瘍がどちらの治療にも反応することが前提にもなっています。ご存じのように両治療とも効果がいつまでも続くわけではありませんし、患者さん全員に効果があるわけでもなく、それに全員に標的の遺伝子変異があるとは限りません。

EGFR遺伝子変異陽性NSCLCに特化した治療薬

EGFRエクソン20挿入遺伝子変異は、EGFR遺伝子変異陽性NSCLC患者のおよそ5~12%、NSCLC全体で見れば2%から検出されている。エクソン20挿入遺伝子変異はL858R点突然変異、エクソン19欠失変異に次いで3番目に多く検出されているが、同変異を伴う肺がんの治療にEGFR TKIは使えない。 TKIに結合するEGFRの部位の構造が立体的になるため、EGFR TKIに感受性を示さなくなるのがその理由である。