抗体薬物複合体:可能性が広がりゆく時代が始まる
Alexander Spira, MD, PhD, US Oncology Research, Virginia Cancer Specialists,
Fairfax, Virginia, USA
他の治療法に比べて抗体薬物複合体(ADC)にはどういったメリットがありますか。
抗体薬物複合体が登場したことでまったく新しい常識が生まれたと思っています。分子標的治療はある特定の遺伝子変異の発現が必須ですし、免疫療法は腫瘍にネオアンチゲンが発現していないと効きません。腫瘍がどちらの治療にも反応することが前提にもなっています。ご存じのように両治療とも効果がいつまでも続くわけではありませんし、患者さん全員に効果があるわけでもなく、それに全員に標的の遺伝子変異があるとは限りません。だからから、これまでとは違う新しい治療法があるにこしたことはないのです。ADCは抗原・その隣にあるリンカー・薬剤という構造をとっていて、通常は化学療法薬と結合しています。ですので、理論上の話になりますが、トラスツズマブやリツキシマブといった抗体だけの薬剤よりも強い作用を示すはずなのです。
他のクラスの薬剤に比べてADCに特有の副作用などデメリットはありますか。
ADCの毒性プロファイルは今までのものとは違うと考えておく必要があります。ADCは特異性を非常に高めていて、化学療法薬は腫瘍細胞に取り込まれるのですが、これが細胞外に漏れたり散ったりすると全身の副作用が生じてしまいます。発現頻度の多いのは血球減少症や下痢ですが、抗体やリンカーの種類によっては眼毒性のように限局的な副作用も少なからず起きているので、この点を複数の治験で調べているところです。多くのADCで一部の肺毒性も認められていますが、ADCに共通の副作用と言えます。肺の副作用が起きることはめったにありませんが、起きれば多大な影響を及ぼすことになります。
とりわけ期待を持てるADCの新薬で、将来、日常的に使えるようになりそうなものはありますか。
個人的には3種類に注目していて、2020年度世界肺癌学会でも議題にのぼりました。比較的新しい膜貫通糖タンパク質のTrop-2を標的にしていることもあって、抗TROP2抗体薬物複合体のダトポタマブデルクステカンには驚きを覚え、これは期待できる思いました。ダトポタマブデルクステカンは第Ⅰ相TROPION-PanTumor01試験で病勢コントロール率が最大で80%と非常に高い抗腫瘍作用をうかがわせる結果を出し、前治療歴の多いNSCLC患者に生じた有害事象も治療可能なものでした[1]。この結果を受けて、免疫療法とプラチナ製剤ベースの化学療法を受けたことのあるⅢB期とⅣ期のNSCLC患者さんを対象に、第Ⅲ相TROPION-Lung01試験でドセタキセルを対照に評価しているところです。もう一つの抗TROP2抗体薬物複合体のサシツズマブゴビテカンは、トリプルネガティブ乳がんを適応症にして、すでにFDAの承認を受けています。
これ以外にもHER2を標的にするトラスツズマブデルクステカンが、第Ⅱ相DESTINY-Lung01試験で、HER2過剰発現のあるNSCLC患者さんやHER2遺伝子変異陽性肺がんに抗腫瘍作用を示しているので[2、3]、両方を適応にしてFDAが承認するのを期待しています。あと、EGFR遺伝子変異を伴う患者さんに関する第I相試験のデータによると、HER3を標的にしているADCのパトリツマブデルクステカンが抗腫瘍作用を示してるのですが[4]、ここで対象になった患者さんは、今までにEGFR TKIとプラチナ製剤ベースの化学療法をそれぞれ1ライン以上受けています。EGFR TKIもプラチナ製剤ベースの化学療法も失敗に終わった後のパトリツマブデルクステカン使用を、第Ⅱ相HERTHENA-Lung01試験で評価中です。この3種類のADCが今後の治療法を大きく変える存在になるのではないかと、個人的に考えています。
3年後にADCはどうなっているとお思いになりますか。
先ほど申しました3種類のADCだけでなく、多くの新薬候補も、何か月後かあるいは何年後かにFDAの承認を受けるのではないかと思います。複数のがん腫を適応症にしてさまざまなADCの開発が進んでいるのを見るにつけ、こういった新技術が次々と限界突破していくことに興奮を覚えます。腫瘍細胞表面の抗原が正常細胞に過剰発現さえしていなければ、どんな抗原であっても標的になります。乳がん治療の場合、ADCに用いた技術が既存の抗HER2療法の再開発を可能にしています。白血病とリンパ腫への新規治療薬の評価で第Ⅰ相試験に関わったばかりなのですが、近い将来FDAの承認が受けられるものと期待しています。白血病やリンパ腫へのADCを開発するときには多くのがん特異的抗原が使えますが、固形がんへのADCの開発にも応用できます。こうしてみると、可能性に限界はないのでは、と思えてきます。
参考文献:
- Spira A et al., Datopotamab deruxtecan (Dato-DXd; DS-1062), a TROP2 ADC, in patients with advanced NSCLC: updated results of TROPION-PanTumor01 phase 1 study. WCLC 2020, OA03.03
- Nakagawa K et al., Trastuzumab deruxtecan in HER2-overexpressing metastatic non-small cell lung cancer (NSCLC): interim results of DESTINY-Lung01. WCLC 2020, OA04.05
- Smit EF et al., Trastuzumab deruxtecan in HER2-mutated metastatic non-small cell lung cancer (NSCLC): interim results of DESTINY-Lung01. WCLC 2020, MA11.03
- Yu HA et al., Efficacy and safety of the novel HER3 directed antibody drug conjugate patritumab deruxtecan (HER3-DXd; US-1402) in EGFR-mutated NSCLC. WCLC 2020, OA03.04
© 2020 Springer-Verlag GmbH, Impressum
More posts
再発悪性中皮腫患者への新しい治療選択肢・ニボルマブ
再発悪性中皮腫患者への新しい治療選択肢・ニボルマブ 再発悪性中皮腫患者のOSの改善効果を示した第Ⅲ相ランダム化比較試験は最近まで存在していなかった[1、2]。
肺がん検診:普段の検診や研究室にとっての課題
肺がん検診:普段の検診や研究室にとっての課題 Luis M. Montuenga, PhD, Centro de Investigaci溶 M仕ica A
免疫療法:併用療法そして発現頻度の多い遺伝子変異に関する最新データ
免疫療法:併用療法そして発現頻度の多い遺伝子変異に関する最新データ KEYNOTE-189試験:46.3か月間の追跡後に得た最新知見 KEYNOTE-189試
小細胞肺がんに関する最新知見
小細胞肺がんに関する最新知見 ルルビネクテジンとイリノテカンの併用療法 小細胞肺がん(SCLC)は転写因子に依存する悪性腫瘍であることがわかっているので、新規
抗体薬物複合体:可能性が広がりゆく時代が始まる
抗体薬物複合体:可能性が広がりゆく時代が始まる Alexander Spira, MD, PhD, US Oncology Research, Virgi
EGFR遺伝子変異陽性NSCLCに特化した治療薬
EGFR遺伝子変異陽性NSCLCに特化した治療薬 エクソン20挿入変異を伴う肺がん:モボセルチニブを評価する第I相および第Ⅱ相の試験データ EGFRエクソン2