臨床試験の倫理的考慮および治験責任医師の責任
はじめに
倫理は、良好な行為を支持する倫理上の原理として最も良いものとみなされ得る。一方、これが定義される方法は広い解釈がなされ、社会規範および宗教などの要因に依存する。ミレトスのタレス(紀元前624年~紀元前546年)は同時代の人に他人の行為を非難することを回避するように勧めた、そしてこの概念に類似した表現は道徳哲学中のあらゆる範囲にあふれている。医学では、無危害原則の概念(すなわち、患者を傷つけない)が医師の行為の柱として確立されている。 しかしながら、善悪間の違いは必ずしも明白でなく、薬剤におけるこの例は医師が患者の難治性癌に対しての毒性治療を通じて患者に重大な有害事象をもたらす可能性がある時である。そして、それは生命に危険が及ばない状況で好ましくない。危害のリスクと潜在的便益とのバランスをとることには慎重な評価が必要である。これは、便益のエビデンスをめぐる論争がある場合、または治療が成功している場合に、個人が個人的利益以外のために患者を危害にさらさないように依頼されるものの、地域社会のためになる情報を提供するにとどめるように依頼されている場合に特に当てはまる。この場合、臨床試験に参加している患者が試験終了のための手段として使われないことが特に重要である。生じる可能性のある実際の危害を考慮して提案された研究プロジェクトを評価して、更に人々が自らの最も関心の高い理由のために組み入れられないことが特に重要である。研究者が患者に個人的危害のリスクをもたらす試験に患者を組み入れる関心を抱く可能性があるか否かを確認するときには、研究者のあらゆる競合利害は開示され、評価されなければならない。
より広い地域社会に対する便益およびリスクも同様に考慮する必要がある。例えば、BRCA突然変異などの患者に確認された遺伝的異常が懸念を生じ、患者が組み入れられていない試験からもたらされた知識を考慮して侵襲的処置を経験する必要がある場合には、その研究に直接組み入れられていない者に対する潜在的危害として認められることもあり得るにもかかわらず、親族は上述の患者の遺伝的異常について知る権利がある。
いかなる臨床試験でも研究の倫理的承認への申し込みが事前になされる。そして、プロジェクトの開始前に治験責任医師はそれを得なければならない。この文書では、研究者はどのように患者対自分自身の競合利害から最高の利益を確保することになるかについて説明することを要求される。その適用は自明かつ自給自足できなければならず、あらゆるリスクおよびそのリスクが管理され、低下される方法の詳細な評価が提供される必要がある。施設は適用に関してさまざまな要求をするが、通常は、施設は試験の説明、倫理問題の考慮に加えて使用される広告用材料、参加者情報シートおよび同意書の例を必要とする。また、試験のプロトコルで定義したより早期の段階で役立つか無駄であると判明する場合には、誰が試験の早期中止が必要か否かを決定するためにデータをレビューするかのみならず、試験の安全な運営がどのように一般的に監視されるかという詳細が提供されなければならない。
道徳-倫理規範
多くのガイドラインは医学研究の状況において適切な行動を定義しており、ほとんどすべての現在の文書はヘルシンキ宣言をその起源としている( http://www.wma.net/en/30publications/10policies/b3/) これは1964年に世界医師会によって作成され、ニュルンベルク綱領がモデルとされた。医学研究に係わる者は、原則に基づいて所属する国のガイドラインに慣れ親んで、理想的になヘルシンキ宣言を読み込む時間を取る必要がある。一般的には、患者はどんな研究プロジ ェクトへの参加にも自らの同意を提示しなければならず、治療担当医師は危害のリスクを予防するか最小限とするためのあらゆる必要な予防措置をとらなければならず、いかなる危害も不都合も完全に開示されなければならず、参加する可能性のある者は有効な決定をするための充分な情報と時間を与えられる、と記載されている。
倫理ガイドラインに加えて、規制当局は、医薬品の臨床試験実施に関する基準 (GCP) (http://www.ich.org/pro-ducts/guidelines/efficacy/efficacy-single/article/good-clinical-practice. html) の厳守を求めている。GCPガイドラインは、ヒトの組み入れに関与する試験のデザイン、行為、記録および報告において倫理および科学的な品質を確保するための基準を含む国際的枠組みである。GCPへのコンプライアンスでは、参加者の権利、安全性および幸福が保護されており、臨床試験データが信用でき、そして、運営がヘルシンキ宣言にその起源がある原理と整合しているという一般的な保証を提供する。
覚えておいてほしいこと
ヘルシンキ宣言は医学研究のための倫理基準を定義する現在の基本的な声明であり、大部分の司法組織は自らのガイドラインの根拠としてこれらを使用することになる。加えて、GCPガイドラインは実施される研究が強固かつ信用できることを確保するためのガイドとして役立つ。そして、それなしでは試験は倫理的でないものとなる。簡単に言えば、充分な情報(完全な開示)に基づいて試験に参加するために自らの有効な同意を提供しない限り、参加者はいかなる研究にも参加してはならない。そして、それはまた、危害のリスクとそれが最小化されるか回避される方法も詳述するものである(すなわち、自らの「インフォームドコンセント」)方法を詳述する。
臨床研究の中心的価値
臨床研究の中心的価値には、研究メリ ット、完全性、公平性、恩恵と敬意がある(表1)。
- 研究メリットおよび完全性に関して
は、治験が良好に設計されて、その主要評価項目を満たす合理的な可能性がある場合にのみ、試験は倫理的であるとみなされることができる[1]。十分な資源と装置のみならず、研究者には適切な専門知識がなければならない。加えて、研究者は治験で取り組みされる問題が試験実施に値することを確認しなければならない。これらの問題の全ては、計画プロセスの初めから考慮される必要がある。基本的に研究はそのデザインによって倫理的でなければならず、それが価値があり、研究者が自らの行為において倫理原則を守る場合には、良好な研究は本質的に倫理的なものとなる。
- 「公正」との用語は、特定の患者グル ープについての試験参加機会が等しいことに関わっている。さらに、特定の群が不当に利用されるか過度に標本抽出されてはならないことを意味する。例えば、COPD患者は多数の試験に組み入れられる傾向がある。そして、それは患者にかなりの負担を与える可能性がある。
- 恩恵は試験でもたらされる可能性の高い利益とみなされることができるが、人間性への潜在的利益に対する個人へのリスクのバランスともみなされている。倫理的な試験でさえ患者をリスクにさらすことがあり、リスクが効果的に管理される限りこれは受け入れられる。同時に、すべての試験が利益を参加者に提供するというわけではなく、実際、患者が自らの最高の利益に反する参加に影響をうけないことを確保するためには、潜在的利益を過大評価することが回避されなければならない。恩恵の評価にはある程度高度の知識が必要であるが、危機管理戦略と混同されてはならない。
- 「敬意」は、参加者が自主的な存在であり、試験終了のための手段でないことを確実に認識することに言及している。個人の固有の尊厳は、公平な判断をするために充分な情報に基づいて、試験に参加するべきか否かを決める自らの自主的な権利を通して評価される。参加者が組み入れ中に、敬意は自らの守秘性とプライバシーが侵害されず、いつでも参加を取りやめる権利があることを確認するための継続的な言及によって表現され得る。
覚えておいてほしいこと
研究者が自らを任務に対して適切な者であり、その問題が取り組むに値し、試験が有効な答えを提供することになることを理解する場合に限り、臨床試験は行われるべきである。倫理は、危機管理として見なすべきではない。
同意
同意が非常に重要な一方、それは試験の倫理考慮点の1つの部分にとどまり、治験責任医師による倫理的行動によって置き換わらないものである。患者に対する敬意は患者の同意を得ることを通じて示される。そして、それは任意であり、リスクと便益に関する十分な情報を提供した後に得られるべきである。同意は自主性の表現であるが、権利の表現でもあり、当然のことと思われてはならない贈呈品である。試験は患者に純粋な利益をもたらさないことが多いことから、特に進行癌の設定では、同意は利他主義的な表現であり得る。ガイドライン/法的要件への順守および規制順守に対する「同意を得ること」の概念の順守に対して、患者の同意を得ることへの最低限であるが明らかな反論は、ヒトに対する敬意を示す精神を損なう。
意思疎通は必要条件である。成人患者は同意能力があると確認する必要がある。成人患者は関連情報を理解、保持、信頼、評価し、自らの有効な選択に達することが可能でなければならない。医師は、患者に対する強制または誘導を控える必要がある。
関連情報対関連性の低い情報
同意書は現在膨大な長さに達していることが多いことから、患者はそれらの全部を読み込むことなく署名する傾向がある。一方、特定の問題が同意書に示される必要がある。治験責任医師は、試験の種類、自らの名前とスポンサー名、試験の目的、患者がしなければならないこと、参加期間、患者に発生した場合の負荷および発生する可能性のあるあらゆる危害のリスクを開示する必要がある。
同意書は、潜在的副作用の説明に関して大幅に記載内容が増やされていることが多く、効果的に患者と情報交換する意図を表すようには思えない言葉で書かれている。副作用と危険な毒性のリスクが開示されなければならない一方、標準的ケアで使用中の治療が日常ケアと整合した方法で開示される必要があるにとどまると予想することは合理的である。試験に関連した情報で患者の注意が向かうようにする必要のある毒性の種類は、新規治療または既存の治療との組合せによってもたらされる付加的な毒性である。さらに、例えば撮像中の放射線被曝による二次悪性のリスクなどをを強調することは、限られた寿命を持つがん患者では確かに最大の無駄である。しかしながら、これらの項目は同意書の一部であり、その開示は法律またはガイドラインに従って必要とされている。
報酬
現時点では、治験の参加に対して患者に支払いを提供することが正当か否か、そして少しでも正当であれば、適切な金額はどうあるべきかについては議論の余地がある。これは回答が容易な質問ではないが、その理由は、支払が不可能な場合、参加者が参加できないとの根拠に基づき、治験の参加に対して所得の損失の賠償を供給することが合理的であると考えられる時には、そのこと自体が不公平であるからである。しかしながら、治験参加者は社会経済上の広い領域に及んでいることから、この金額がどうあるべきか定めることは非常に難しい。同時に、一定の金額は一部の参加者には不十分であるが、他の参加者には参加への誘因となる可能性がある。特定のセクターが除外される場合には、特定の地域の部分へのアクセスの制限が報告バイアスにつながる可能性があることから、治験責任医師は補充戦略の一部としてこれを考慮する必要がある。
覚えておいてほしいこと
患者の同意は任意であり、通知がなされ、相互理解に基づかなければならない。試験の種類、治験責任医師およびスポンサーの名前、試験の目的およびそのリスクは、患者に開示されなければならない主な側面である。それが誘因としてみなされないことを確実にするために、現在報酬について議論中である。
治験責任医師の役割と責任
医薬品の臨床試験実施に関する基準は、個々の試験施設で特定の検査に対して責任がある治験責任医師 (PI) の責任について明確なガイダンスを設定している[2]。PIsは、規制当局の観点とスポンサーの観点の双方からの指示を受けている。スポンサーがいない場合、医師主導の治験ではPIはスポンサーまたは医師であるか、医師の所属施設がこの役割を引き受けると考えられる。治験責任医師の長または主導者 (CI) は、通常全体の試験を主導するが、多施設試験で治験責任医師の役割を定義することが特に重要である。一方、GCPによって同定されているように、試験施設のPIは多くの責任を負う。
PIの資格と責任
PIはその教育、訓練および経験に基づいてその役割に適任である必要がある。PIの責任には、患者を採用し、患者の安全を確保し、適切なデータ収集のための保険と賠償のための適切な提供を受けることの確保が含まれる(表2) 。PIは、最適試験行為のための構造を確立し(例えば試験クリニック、同僚、試験チーム)、研究チームによる定期会合を開き、維持する義務がある。実際には、これがはっきり定義されて記録される限り、他者への委譲が許されるにもかかわらず、多くの役割は試験コーディネーターによって実行されることになる。一方、PIはプロトコルを読み込み、文書に署名することによって読み込んだことを確認しなければならない。プロトコルに従わなかった場合、患者におよぶいかなる危害に対しても、PIには法的責任もある。
さらに、PIは患者のスクリーニングと適切な患者の選択に責任がある。彼らは、薬物/薬剤/デバイスが提供される各人のインフォームドコンセントを取得しなければならない。適切なデータ収集は、治験の成功を確実にするために不可欠である。さらに、PIは関連したスタッフを訓練することに対する法的責任を負い、検査コーディネーターが犯したいかなる過失による結果に対しても責任を負う。
原則として、PIの職務は主に患者に対してである[3]。患者の福祉は科学と社会の利益に常に優先しなければならなず、倫理考慮点は法規に優先しなければならない。
治験薬/薬剤/装置の管理
治験実施施設での治験製品と説明とに対する責任はPIにあるが、薬剤の貯蔵、正確な記録と在庫との記録の観点から薬剤師またはPIの監督下でもう一人の適切な個人に委ねることが可能である。PIは、個人の監督下またはPIに対する責任がある治験分担医師の管理下で薬物/薬剤/デバイスを上述の者のみに配布をとどめる必要がある。薬物またはデバイスは、PIがそれを投与する許可を与えていない者には供給されてはならない。
治験責任医師の記録保存
記録保存は、薬物/薬剤/デバイスの処分のみならず症例報告書の書式 (CRF) および既往歴に関して必要とされる。CRFは、それぞれの被験者に対してプロトコルに必要な情報を記録するようにデザインされた印刷文書または電子文書である。ここでは、PIはデータの正確さ、完全性および適時性を確保する必要がある。これらのデータはソースドキュメントと整合しており、検証可能でなければならない。また必要に応じて、CRF中のデータを削除して、イニシャルを書くことによって修正することはPIの責務である。修正液で誤字を消すことはするべきではなく、言語を塗りつぶして消すべきではない。
既往歴について適切かつ正確に作成して維持することは、PIの責任である。既往歴には、実薬治療が割り付けられたかまたはプロトコルの対照として使われたそれぞれの患者についての試験に関連する観察結果および他のデ ータの全てを記録する必要がある。既往歴はCRF、支持データ、署名された同意書、患者の医療記録、経過記録、カルテおよび看護日誌から成り立つ。それらには、インフォームドコンセントが患者の組み入れ前に得られたと記録する必要がある。
薬物/薬剤/デバイスの処分については、PIは十分な記録(例えば日付、量、被験者への使用、輸送、貯蔵、返却/廃棄)を維持する義務がある。さらに、PIは記録の保管に責任がある。
報告
PIの報告義務には、経過報告、安全性報告、資産公開報告および最終報告がある(表3)。加えて、倫理委員会には、試験の継続的な好ましい倫理的見解を反映する可能性がある内容を知らせ続ける必要がある。治験中に利用できるようになり、治験の継続的な安全性実施またはプロトコルの変更にかかわる新規情報は、施設内倫理委員会 (IRB)/独立倫理委員会 (IEC) に送らなければならない。新規情報が患者の参加に関連する場合には更新された同意書が必要であり、同意書は試験にとどまりたいとの患者の意欲を確認するために患者に与えられる前にIRB/IECの承認を得なければならない。
米国で実施される試験では、スポンサー-治験責任医師は、FDAに臨床調査の進捗に関する年次報告を提出して、更に重度および予想外である副作用および/または死亡をFDAに報告することが求められている。有害事象が試験の治療に因果関係が必ずしもあるというわけではない場合であっても、有害事象は試験に参加している患者において有害な医学事象として定義されている。重度有害事象の定義は、致命的な転帰、致命的な状況または入院の必要を含む多くの基準の一つ以上に適合する有害な医学的事象にまで及ぶ。
最終報告書は、調査の完了直後にスポンサーまたはFDA(スポンサー治験験責任医師のために)に適切な報告を提供する。
利害の対立
すべての治験責任医師には、本来財政的、学究的または個人的なものと記載可能な利害対立がどうしてもある。表4は、対立の種類およびそれらを回避するための手段を挙げている。その二重忠誠が患者を募集する義務と試験を完了するための義務との間の対立を生む結果となる可能性のある臨床医-治験責任医師の状況には、特別な考慮事項が該当する。すなわち、個々の患者に最高のアドバイスを提供する臨床医-治験責任医師の義務を果たすことおよび自らの契約上の義務を果たすことである[4]。すべてのオプションを患者と話し合う必要があり、インフォームドコンセントの書面提出時には実際の参加者または組み入れられる可能性のある参加者が感じる場合があるいかなる利害衝突の開示も含めなければならない。
覚えておいてほしいこと
PIは、特定の施設で試験を管理している。PIはスタッフの訓練、患者の募集、患者の安全性の確保、治験薬の管理に加えて、適切なデータの収集、保存および報告に責任を負う。直接的なスポンサーがいない場合、PIはスポンサー-治験責任医師である。患者の福祉は科学と社会の利益に常に優先しなければならなず、法規および規制にも常に優先しなければならない。
参考文献
- Emanuel EJ et al., What makes clinical re-search ethical? JAMA 2000; 283(20): 2701-2711
- http://www.fda.gov/downloads/Drugs/Gui-dances/ucm073122.pdf.Accessed June 10, 2015
- General Assembly of the World Medical Asso-ciation, World Medical Association Declaration of Helsinki: ethical principles for medical re-search involving human subjects.J Am Coll Den 2014; 81(3): 14-18
- Miller FG et al., Professional integrity in clinical research.JAMA 1998; 280(16): 1449-1454
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